The Miracle Worker
1962年 アメリカ合衆国
ヘレン・ケラー女史とその師アン・サリヴァン先生の物語を映画化。
ヘレン・ケラーさんは、幼い頃の病気による発熱がもとで、視力と聴力を失い、したがって話すこともできない、いわゆる「三重苦」になってしまった。
私がこの映画を観たのは小学校低学年の頃。伝記本も読んでいた。だから、「奇跡の人」とはヘレン・ケラー氏のことと思っていた。
しかし、今回、改めて観る機会ができたが、タイトル ”The Miracle Worker” が映った瞬間、少し首をかしげてしまった。確かに、ヘレンはサリヴァン先生と出会い、文字・言葉の存在を理解し、大人になって講演活動など精力的に働いたようだ。しかし、だからと言って、ヘレンを一言で表すための映画のタイトルに “Worker” (働く人)を使うのかな?
ここで調べてみた。手っ取り早くWikipediaでヘレン・ケラーを調べてみたら、以下のような解説があった。
ケラーとサリヴァンの半生は『The Miracle Worker』として舞台化および映画化されており、日本では『奇跡の人』という邦題で何度も上演されている。英語の「The Miracle Worker」は「(何かに対して働きかけて)奇跡を起こす人」といった意味でありサリヴァンのことを指すが、日本ではケラーのことと誤解され、「奇跡の人」がケラーの代名詞として用いられることも多い。サリヴァンがケラーの初訪日直前に病没し、日本でサリヴァンを知る人がごく一部しかいなかったことが誤解の原因とされている。
つまり、この映画「奇跡の人」の主人公はサリヴァン先生、あるいはサリヴァン先生とヘレン・ケラーと捉えた方が良かろう。
サリヴァン先生は、自らも弱視であり、生育環境も酷いものであったようだ。それでも、教育者としてヘレンに生涯を捧げることができた。
ヘレンの両親は、ヘレンが7歳になるまでマナーも言葉も、視覚障害者のための指文字さえも教えることができなかった。彼女は好き放題をしていた。そんな姿を見たサリヴァン先生は、ヘレンにまずマナーを教える。何時間もかけ、力ずくの格闘をして。両親はかわいそうに思い、父親はサリヴァン先生を解雇しようとするが、スプーンを使って食事をして、ナプキンをたためるようになったヘレンを見て、解雇は取り消され、母親は涙した。
だが、ヘレンはマナーを身に付けたわけではなかった。厳しくされるから従っただけ。指文字も少しずつ覚えていくが、真似をしているだけ。すべての物事には名前があることを理解するのにはさらに時間と格闘が必要だった。
サリヴァン先生は、ヘレンと二人きりで生活をすることを提案した。両親の同情やあわれみの下では、ヘレンは壁を乗り越えて知への扉を開くことはできないと考えたからだ。
サリヴァン先生流の教え方が、現代日本で受け入れられるかどうか、難しいところであろう。
授業中に歩き回る、文字を覚えるのが苦手、我が子は発達障害だからしかたない。そう主張する保護者が増えてきてはいないだろうか。統計的に発達障害のある児童・生徒の人数が増えていることは何を物語っているのだろうか。
ヘレン・ケラーは、視覚も聴覚も失い、発声も困難であった。マナーや言葉を覚えることはできないだろう、無理に覚えさせるのはかわいそうだろう。両親が、そう思い続けていたら、ヘレンの人生はどうなったでしょうか。サリヴァン先生のような先生がいつでもどこにでも現れてくれるわけではない。まずは、両親がサリヴァン先生の精神を理解し、行動することが必要だろう。
とっても古い映画ですが、機会があれば、ぜひご覧ください。漫画「ガラスの仮面」にも少し取り上げられていますよ。

