前屋 毅、青春新書
表紙には、本のタイトル以外に以下のようなコピーが記されている。
「それは本当に子ども自身や親の育て方の問題なのか」
「オルタナティブ(もうひとつの選択肢)スクールに通う子どもたちはなぜ、目がイキイキと輝いているのか!」
「小中学校の不登校35万人 ― 親と子の未来を変える、教育の新しい視点」
不勉強な私は、この本で「一条校」という言葉を知った。
学校教育法の第一条に「学校とは、幼稚園、小学校、中学校、義務教育学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校、大学および高等専門学校とする」とあり、この第一条に定められている学校を「一条校」と呼ぶそうだ。
本書は、「一条校」vs「オルタナティブスクール」で論じられている。一条校には、公立も私立も含まれている。その違いよりももっと大きく異なる “不登校の子どもたちにとって、居心地の良い学校” としてオルタナティブスクールが描かれている。もちろん、居心地の良さだけではない。超がつくほどの少人数教育や探求型学習、個別カリキュラム指導など、およそ一条校では実現不可能なことをしているのが、オルタナティブスクールであるようだ。
著者は、オルタナティブスクールを広く紹介したくて、取材を通して、それぞれのスクールの理念やそれを実践するための教育法に強く賛同したのであろう。が、少し、公立学校の負の側面だけを強調していないだろうか。
公立学校は、憲法二十六条に定める「すべて国民は、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」という『教育の機会均等の権利』を実現するために必須のものであると思う。そのために、文科省の官僚や現場の教職員がみな、最善の教育を提供するための施策と日々の業務を行っている。たしかに、そんな中にひずみのようなものが生じている。教員の長時間労働問題は表面化して久しい。しかし、少しずつ改善は進められているのではないだろうか。部活動指導のアウトソーシング化。保護者との連絡のデジタル化。1学級は30人ほどになっているし、補助教員がつくこともある。それでもまだ充分に誰もが満足する教育の場にはなっていない。さらに時間と費用と工夫が必要であろう。
すなわち、本書は不登校の原因や理由を明らかにしたわけではなく、不登校の子どもたちが教育を受けるための対処をどのようにしたら良いかの選択肢のひとつ(団体としては複数)を紹介したにすぎない。それを踏まえて、読んでほしい。特に、不登校の(あるいは不登校かもしれない・不登校になるかもしれない)子どもたちの保護者様には。

